2008年12月02日

天職に導かれるわけ

4月3日のダイアリーより。
「今が楽しくなった。桜がきれい!!!義塾に来る最中にも、心のマイナスが取れていくのが分かる。遅刻しようが、化粧すんの忘れようが、来るのが大事だと気づかされた。」
 
以前の私は、花を見てもきれいとは思わないし、これから幸せになれると信じていたけど今が幸せと言う感じはなかった。また、義塾は行くだけでも心が正されたのを今でも覚えている。ボランティアしてる最中も、プロカン協会のお手伝い中に封入作業中に、スタッフの方が、受講後どうしようもなくなって、新宿近くに越してきて、講座を受け、受講費で大変だった時、道端の柿食って飢えをしのいだと言う話にいたく感動した。
また、その時、やっぱり義塾で仕事したら収入少なそうだなぁとか思っていた自分の心の間違いに気づかされ、そう言う思いでやる仕事じゃないだろう、と言うことに気づかされ、封入作業をしてるのに、ばぁーっと心根の間違いが正されて行って、真我が開いたくらいに泣けたのを、今でも覚えている。
自分のであった最高を人に提供できることは、多分どんな娯楽もかなわない幸せがある。
で、彼と付き合い始めたころ、彼は就職して欲しいと言ったので、以前の仕事をやってみたことがある。
ところが、それは精神科の訪問看護業務で、真我が開けばみんなよくなるだろうに、薬飲ませる仕事で、でも私にはそれしかできないと思っていた。しかし、やってるうちに無理になって天使ワンデイ受講と同時にやめてしまった。
その後、しばらく頭では今まやってきたような仕事を探してしまうが、どうもいまいちうまく見つからずにいた。で、頭を使わず、セミナー講師になるには昼間の時間を空けられるようなものと言うことで、今の仲居の仕事にめぐり合った。
で、やっている中で、仲居頭を目指そうとか思うと、なんか心細くなり、セミナーやる前の、接遇の勉強をしているところ、と思うと、はっきりと心細さがとれるのだった。
そして、折りよく(?)宗教はまってる人と縁したり、うつで苦しんでる人と縁したり、真我はやはり流れに導かれるのであって、自力では決してないのだなぁと思う今日この頃でした。
真我はみんなが本当は求めているから、働く人、伝えてくれる人を、ほっとかないんじゃなかろうか。そう思う。
posted by ふうてんのとら at 02:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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